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東京高等裁判所 昭和55年(う)845号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

控訴趣意第一の四について

所論は、要するに、原判決は、判示第一の一、二の事実に関し、被告人が金銭の貸付けによつて得た所得を雑所得と認定したが、被告人が貸付けにまわした資金量、利息収入の額、貸付回数、貸付けの相手方の人数等に照らすと、被告人が金銭の貸付けによつて得た所得は事業所得と認めるのが相当であるから、原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討すると、被告人が金銭の貸付けによつて得た所得が事業所得にあたるか否かは、被告人のした金銭の貸付けが所得税法二七条一項を受けた所得税法施行令六三条八号にいう「金融業」に該当するか否かの問題に帰着する。そして、個人による金銭の貸付けが右金融業にあたるというためには、当該個人による金銭の貸付けが営利を目的として反覆継続して行われ、かつ、その貸付口数、貸付金量、貸付利率、貸付資金の調達方法、店舗ないし事務所設置の有無、事務員の雇い入れの有無、貸付けのための広告宣伝の有無等の諸般の状況に徴し、社会通念上も金融業と認められるだけの社会的実体を具備していることが必要であると解される。そこで、このような観点から被告人の行つた金銭の貸付行為についてみると、被告人が昭和四八年及び同四九年の両年中に貸付けた金額が高額で、いずれの貸付けにおいても月三分くらいの利息を徴し、十数名に及ぶ貸付相手から右両年で合計六八〇〇万円余りにも達する利息収入を得ているなど、一見被告人による金銭貸付けの事業性を肯認すべき事情が認められないわけではない。しかし他方、原判決も指摘するように、関係証拠によれば、被告人が行つた金銭の貸付けは、知人からの求めに応じて一時余裕を融通したり、被告人に資金的余裕があることを知るいわゆる金融ブローカーが持ち込んできた融資の申し込みに応じるという形で行われたものであつて、広告宣伝を行うなどして被告人の方から積極的に融資の申し込みを勧誘したような事実は一切なく、貸付資金も、一部に金融機関からの借り入れによつてまかなわれたものもあるが、多くは被告人がこれまで蓄積してきた自己資金及び自己の経営する株式会社萬大等からの借り入れによつてまかなわれたこと、被告人は、出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律七条による貸金業の届け出をしておらず、金銭の貸付けを行うために店舗を設けたり、使用人を雇つたようなこともないこと等、被告人が金銭の貸付けを事業として継続して行う意思を有していたか否か及び被告人の行つた貸金行為の事業性に疑問を生じさせるような事情も認められる。そこで、以上のような諸事情を総合し、また、被告人自身も、犯則調査の段階から原審公判段階まで一貫して、金銭の貸付けを営業として行うというような意思はなかつた旨供述していることをも併せて判断すると、被告人が金銭の貸付けを自己の事業として反覆継続して行う意思まで有していたとは認められず、また、それが金融業と称しうるだけの社会的実体を備えていたとも認められない。してみれば、原判決が、金銭の貸付けによつて得た被告人の所得を事業所得とせず、所得税法三五条所定の雑所得と認定したのは正当であつて、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一の二について〈省略〉

控訴趣意第一の三について

所論は、要するに、原判決は、判示第一の二の事実に関し、被告人が昭和四九年四月一一日に大野茂を介して水戸地方裁判所麻生支部に納付した競売法の規定による不動産の競売予納金三〇万円並びに前同日同人を介して千葉地方裁判所八日市場支部に納付した同法の規定による不動産の競売予納金二〇万円及び競売申立ての嘱託登記につき納めた登録免許税二四万円について、これらは最終的には競売に付される物件の所有者が負担すべきものであり、競売申立人はその申立てに際していわば立替払いをしているにすぎないから、非営業貸金による雑所得の金額の計算上総収入金額から控除すべき必要経費にはあたらない旨認定判示したが、法律的にはこれらの金額は競売申立人が競売費用として支出するものであるから、支出した日の属する年分の必要経費と認めるべきであるのに、それを認めなかつた原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで、検討すると、競売法の規定による不動産の競売費用は(本件は民事執行法施行前の事案である。)、本来債権者である競売申立人がみずからの債権を回収するために支払う費用であつて、これにあてられる競売予納金及び登録免許税の納付義務者も競売申立人とされている(民事訴訟費用等に関する法律一二条、登録免許税法三条等参照)。したがつて、雑所得等の金額の計算にあたり、競売費用を必要経費として計上する方法も、所得金額計算の一方法として全く考えられないわけではない。しかし、競売予納金は、裁判所が競売手続上の個別的な費用を支出する前に、競売申立人がそれにあてるべきものとしてその概算額をあらかじめ提供する金員であつて、競売申立人がそれを裁判所に納付した時点では未だ競売費用とはなつておらず(納付された競売予納金は会計法上も国庫に帰属せず、保管金として扱われ、納付者の返還請求権が留保されている。)、また、納付された競売予納金がすべて必ず競売費用に充当されるとは限らないのであるから、競売申立人がこれを裁判所に納付した段階で直ちにその金額を債権回収のための費用として計上することは相当でない。競売申立ての嘱託登記につき納める登録免許税は、競売申立人がその申立ての登記を受ける時に納期限が到来し、その税額も確定するものではあるが(国税通則法一五条、登録免許税法九条、二七条参照)、この登録免許税の納付も、前記予納金の納付と同様に、競売申立人が競売手続を利用するために法律上必要な支出であつて、納付した登録免許税は競売費用とされ、売却代金から優先して償還を受けられるものであるから、その経済的実質ないし所得金額計算上の観点からすれば、登録免許税の納付を競売予納金の納付とは別異に扱わなければならない理由は存しないうえ、競売費用にあてるための支出を細分して、登録免許税納付のための支払い等その支払いの段階で直ちに競売費用として金額の確定するもののみをその都度費用に計上するというような方法は、登録免許税等の支払いの法的性質等について必ずしも専門的な知識を有するとは思われない企業等にその履践を期待し難い計理処理の方法であると考えられる。しかも、競売費用は、最終的には競売不動産の所有者において負担すべきものとされており(競売法三三条二項参照、なお、この点は現行の民事執行法においても同様である。同法一九四条、四二条参照。)、売却代金交付の際、先に競売申立人が国庫に納付した登録免許税の金額及び裁判所に納めた予約金中競売費用に充当された金額については、競売費用として売却代金の中から他の債権に優先して競売申立人に支払いがなされるのであり、また、予納金中未使用に終つた分についても、競売手続の終了により保管事由が消滅し、返納される運びとなるのであつて、競売申立人による予納金及び登録免許納付のための支払いは、償還ないし返納が予定された一時的な支払いにとどまるのであるから、右支払いを直ちに損益計算に反映させることなく、貸借対照表上の資産勘定にあたる仮払金勘定で処理することには十分な合理性があるというべきである。そのほか、競売手続は常に代金交付の段階まで進行するとは限らず、申立ての取下げや手続の取消決定により終了することもあり、そのような場合には、それまでに支払つた競売費用を前記法条によつて競売不動産の所有者に負担させることはできないから、別途当事者間で話合いでも成立しない限り、右費用は最終的に競売申立人において負担せざるをえないこととなるのであるが、最終的に自己負担となつた競売費用についてのみこれを費用として計上することとし、競売費用全額の償還があつた場合には、現金勘定と仮払金勘定のみの操作で済ませるような計理処理の方法を採用している場合には、競売費用にあてるための現金の支払いは、その支払いの時点では未だ相手勘定もその金額も未確定であつてこのような場合における現金等の支出を記録する勘定科目である仮払金勘定で処理するよりほかにないのである。このようにみてくる判旨と、競売予納金及び登録免許税の納付による現金の支払いは、前記のように、競売費用にあてるための現金の収支を原則として現金勘定及び仮払金勘定のみで処理する方法による場合は勿論、これをすべて債権回収費用として損益計算に反映させるような計理処理の方法による場合であつても、原則として一旦仮払金勘定に計上し、債権回収費用勘定への計上は、競売手続が終了し、競売費用の負担者及びその金額並びに返納される予納金の額が確定し、その支払いがあつた時に行うこととするのが相当である。したがつて、競売予納金及び登録免許税の納付による支出につき継続して右以外の計理処理の方法によつているような場合は格別、そうでない場合には、雑所得の金額の右支出を直ちに支出した日の属する年分の総収入金額から控除すべき必要経費に算入することは許されないというべきである。そこで、このような観点から関係証拠を検討すると、被告人が競売費用に関して何らかの計理処理方法を採用していたというような事実は全くなく、また、前記各競売裁判所において所論指摘の予納金及び登録免許税の納付にかかる競売手続が売却代金の交付、未使用予納金の返納によつて終了したのは、いずれも昭和五〇年にはいつてからであることが明らかである。してみれば、原判決が、被告人の昭和四九年分の雑所得の金額の認定にあたり、被告人が競売予納金及び登録免許税を納付するために同年中にした支出を仮払金として処理し、これを総収入金額から控除すべき必要経費たる貸金回収費用と認めなかつたのは正当として是認することができ、原判決に所論のような事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(海老原震一 杉山英巳 浜井一夫)

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